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2010年5月29日 (土)

中国武漢市  H18/11/2-11/6

 今は辞めてしまいましたが、昔、某交響楽団に入団しており、退団する少し前に、親善交流として中国の武漢市に演奏旅行に行く話が持ち上がりました。話が二転三転し、直前になって飛行機の日程を変えられるなど、トラブル続きのツアーでした。どうにか終了したものの、彼の国の官庁・企業との交渉事が、いかに難しいかを考えさせられる行事でした。

 これは、武漢市の旧市街です。戦時中の租界がそのまま残されており、古い建物が林立しています。今回泊まったホテル(江漢飯店)は、この旧市街にある租界時代からある老舗ホテルです(この古さが、宿泊中に問題となります)。

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 朝になると、旧市街のそこここで、屋台が出て、油条(中国の揚げパン)等の食べ物を売り始めます。どれも0.5~1元(10円前後)で安いのですが、煮炊きは昔懐かしい練炭で行っています。そのせいか、あたりはつねに硫黄の匂いがただよい、薄く霞がかかっています。一般人民のくらしが伺えます。

 ホテルの煙突は、断熱材が巻いてあるのですが、オナガがよろこんでかじるらしく、ボロボロでした。オナガがいるのが見えますでしょうか?

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 長江(揚子江)です。こんな内陸でも豊かな水を湛えています。河口ではどれだけひろいのでしょうか?中国の広さが伺えます。

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 武漢の街中です。たしか600万人くらいの大都市だそうです。日本には珍しいトロリーバスが走っており、架線があります。石油資源が少なく、石炭の多い(=火力発電向き)、また長江による大規模な水力発電もできる、中国ならではと思います。

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 観光の途中で、武漢の音楽学校を見学しました。小学生くらいの子供たちが、民族楽器と西洋楽器の混合楽団で、不思議な音楽を聞かせてくれました。

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 次は、中学生くらいの女の子たちによる、民族楽器演奏です。当時流行していた、女子十二楽坊のパクリでしょうか?それとも、人数と雰囲気からして、SPEEDかMAX?

Max

 夜は、武漢市主催のレセプションです。これは、順調に進みました。

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 観光ばかりしているわけではなく、練習もしました。技量の問題はともかく、別々に練習していた2つのアマチュア楽団の息を合わせることに、指揮者の先生は大変苦労をされていたようです。また、段取りも悪く、その場で急に、武漢市オーケストラの演奏に入れる人は入るように決まったり、手違いだらけでした。

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 3日目の朝、けっこう時間に余裕があったので、長江まで散歩しに行きました。公園で太極拳しているのは、いかにも中国です。

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 しばらく歩くと、良く通る鳥の声が沢山聞こえる林があります。入って見ると、沢山の鳥かごがつるされており、鳥同士に鳴きあいをさせておりました。鳥はガビチョウのようです。かごから少し離れた位置に、それぞれ老人が座っており、自分の鳥を眺めていました。これも中国らしいですね。

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 これは、漢詩で有名な、「黄鶴楼」の上から見た武漢市です。黄鶴楼といっても、漢詩の当時のものではなく、確か3代目のもので、鉄筋コンクリートの近代建築です。霞が掛かっているのは、おそらくばい煙からくるスモッグでしょう。

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 楼には、写真のように、銅鐸をつかって音楽を聞かせる劇場がありました。

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 これは、武漢市の青少年会館(市民会館のようなもの?)です。見た目は綺麗ですが、あまりメンテされておらず、故障中のトイレなどは、そのままほっておかれてます。そういえば、我々を乗せたバスは、武漢市の送迎バスだったはずですが、私の席は、背もたれがこわれていて、リクライニングになったまま直りませんでした。共産圏のシステムにおいて、きちんとメンテナンスを行うことは、やはり難しいのでしょうか?

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 また、3日目の夜中ですが、泊まったホテルのバス・トイレから、異臭がするので見てみると、バスの滑り止めマットの下に、ウジ虫が大量にいます。あわてて、フロントに行って呼び出しても、まず、居眠りしてて出てこない。ようやく出てきても、いやな顔をされて、「ノープロブレム、部屋は変えられない」を連発するばかり、最後にメイドを確認にいかせて、ようやく事の重要性を認識してもらい、部屋を変えてもらいました。「共産圏ではスマイル、サービスは期待できない」を痛感しました。

 最終日は、博物館めぐりをしましたが、色々なものを売りつけられるのには辟易しました。下の螺鈿細工屏風とかは、100万円近くするようですが、良く見ると、最近作られたもので、仕上げの雑さが目立ちます。文革で海外流出した骨董を買い戻すために資金が必要との説明ですが、あまりしつこいのも考え物です。

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 とりあえず、演奏会も無事に終わりました。武漢市民には、難解なチャイコフスキーの交響曲4番より、アンコールでやった中国民謡の編曲版の方が受けました。下は、最後の日の長江公園です。物悲しい音楽を流して、夜景鑑賞遊覧船の客誘致をしています。けっこう情緒ある雰囲気です。

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 色々ありましたが、今となってはいい思い出です。

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