海外旅行 Feed

2010年8月11日 (水)

石垣島-沖縄本島  H14/12/29-H15/1/2

旅行記の中で、一つだけアップを忘れていました。

初めて石垣島に行ったときの旅行です。

かなりな悪天候で、石垣島滞在時の二泊三日の滞在中は、ほとんど外に出られませんでした。全日空ホテルの窓からも、こんな状況でした。

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 ホテルは豪華で、トレーニングジムもありましたので、時間はつぶせましたが。年末ということもあって、イベントも盛りだくさんにありました。

 お昼時、土砂降りの中を、バスで街まで行って、若干散歩しました。写真は市場です。えらく人なれした猫がいました。

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 次の日は、多少天気は良くなりましたが、まだどんよりしています。ホテルの前のビーチです。(前栄里浜)

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 那覇に移っても、相変わらずでした。ホテル(オリオン)の窓から撮りました。元旦なのに、日の出も見えません。

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 こちらのホテルは、修学旅行向けとあって、質素でした。場所は便利ですが。但し、国際通りに面しているので、大晦日の夜は暴走族がうるさくて眠れませんでした。

 次の日は、南の方にあった、「うどい」という、琉球舞踊のシアターにいきました。元日とのこともあり、人はまばらでしたが、緊張感あふれる舞をみせていただきました。

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 その後、国際通りの飲食店「四つ竹」で、ほとんど同じプログラムの舞踊を見ました。こちらは今ひとつでした。踊っている女の子は若いのですが、練習不足のようです。高校生くらい見えたので、正月とのことで、アルバイトなんでしょうか?

2010年6月 7日 (月)

台湾台北・タロコ  H13/4/30-5/3

  はじめての台湾です。とりあえず、全てガイドつきのツアーを予約しました。

 写真はほとんど全てガイドさんが撮りましたが、女性のガイドさんのためか、必ず人を入れて撮りたがります。そのため、ここに載せられる写真があまりありません。

 写真は、2日目に行った、台北の龍山寺です。この頃は、狭い路地の奥にあり、かなり猥雑な感じでした。現在は再開発され、大きな広場の前にあります。

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 3日目は、飛行機で東海岸の花蓮に行って、東西横貫公路に沿って、タロコ渓谷を見学しました。

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 これは、燕子口です。昔はツバメの巣が沢山あったという岩壁です。

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 これは、タロコでもっと大きい、大理石の崖です。あいにくの曇天で、大理石の光沢は、よく見えませんでした。

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 一番奥の慈母橋まで行って引き返しました。慈母橋から見ると、岩を削った東西横貫公路の難工事がよくわかります。現在でも、途中数箇所で拡張工事を行っていましたが、岩肌にはりつくような竹製の足場で、よく事故がおきないものだと感心しました(おきているかもしれませんが)。

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 このツアーは、かなり時間がきついらしく、ハイスピードで、各地を巡り、日帰りで飛行機で台北まで戻りました。

 おかげで、だいぶ疲れたらしく、夜中に熱を出し、腹を壊して、初めて旅行保険のお世話になりました。次の日は、帰国でしたが、ツアーに組み込まれている免税店めぐりは必須なようです。だるい体、いたい腹を引きずりながら、帰国の時間まで耐えました。これに懲りて、引き回しツアーは敬遠するようになりました。

アメリカ出張  H13/9/9-9/17

 初めてのアメリカ本土であり、2度目の海外出張は、大きなトラブルに見舞われました。非常な不安の中ですごした9日間ですが、貴重な体験でもあります。今回は、911の最中、アメリカで過ごした体験談を語ろうと思います。

<9/9:フェニックス>

 成田を発ったアメリカン・エアライン機は、日付変更線を超えて、サンノゼ空港に到着しました。そのまま、1時間程度の短い乗り換え時間で、急いで国内線にトランジットしましたが、そのときの入国審査が、やけにしつこく、執拗だったので、ツアコンのHさんがあせっていたのを思い出します。ともあれ、2時間ほどの飛行の後、無事、最初の目的地のアリゾナ州フェニックスに到着しました。フェニックスの宿泊地は、アリゾナ・ビルトモアホテルです。あの有名な建築家、フランク・ロイド・ライトが建設に関わった由緒あるホテルです。

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 ホテルの駐車場からは、赤いアリゾナの岩山が見えます。まさに、砂漠地帯に来た感がありますね。

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 砂漠でもドバトはいます。

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 この日は、平穏無事に過ぎました。

<9/10:フェニックス>

 目的の、American Council of Independent Laboratories(ACIL)の総会初日は、淡々と始まりました。アメリカでは、試験所認定が話題になっており、NELAPといわれるアメリカ独自の認定を中心に、さまざまな発表がなされていきます。英語だけの会議は久しぶりで、ときどき隠れて辞書を引いていたら、隣の紳士が丁寧に教えてくれました。後で聞いたら、ACILの副会長でした。

 会議の後は、レセプションです。我々、日本からの訪問団は、ここで紹介を受けました。そのレセプションで頂いた、ワイングラスです。ACILの名前と日付入りです。

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 一番下に、september 8-12 2001 と書かれているのが分かりますでしょうか?10日までで中止になったので、幻の日付になってしまいました。

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 レセプションは、2次会に突入し、ヒューレット・パッカード社の社員が弾くジャズピアノに合わせて、皆踊ります。盛り上がった2次会は、12時をすぎても収まる気配はありませんでした。

<9/11:フェニックス>

 時差のせいか、なかなか寝付けず、パソコンなどを引っ張り出して、出張報告を打ち始めました。朝の4時すぎまで打ったのち、さすがに疲れたので、テレビを見ながら横になりました。テレビではニュースを流していましたが、6時過ぎくらい(正確な時間は忘れましたが)に、突然、画面が切り替わり、煙を上げるワールド・トレード・センターが映し出されました。なんだ、火事かと思っていると、まもなくもう一つのビルに、旅客機が突っ込みました。その瞬間、興奮した声で喋っていたアナウンサーが、一瞬絶句したのを覚えています。とんでもないことが起きたなと思っていると、ニューヨーク中がパニックになっている様子が、つぎつぎと映し出されました。そのときは、とりあえず、アメリカに来ていることを伝えている両親(海外旅行経験無し)には、無事であることを伝えたほうがよいと考え、両親に電話し、「ニューヨークからは数千キロ離れているので大丈夫」と伝えました。それからしばらくテレビを見た後、朝食に降りていくと、ツアコンHさんと主催者が真剣な面持ちでロビーに座っていました。ロビーの雰囲気も騒然となっています。空港が閉鎖されて身動きが取れないとのこと。ACILの会議場に行くと、皆そわそわして、落ち着かない様子です。聞けば、参加者には、ニューヨークに本拠をもつ会社も多いとのこと。しばらくすると、会議の中止が告げられ、早々にお開きになりました。疲れていたので、とりあえず、部屋に戻って眠りました。下の写真は、そのときのプールです。このような状況でも、日光浴をする人はいました。

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 午後になると、とりあえず、予定されていた観光はしようということになりました。日系人のガイドKさんが、「今回の米本土攻撃は、真珠湾以来とのことです」との説明をしました。アメリカ人の目からすると、そうなのでしょう。なお、市内は、空港を始め、観光予定だった州議事堂等、おもな公共施設はすべて、テロの危険性ありとして閉鎖されていたため、郊外を主として観光しました。

 これは、グランデール市の岩山です。このような岩山があちらこちらに散在しています。なお、この近くに、ゴルフで有名なスコッツデールもあります。

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 アリゾナの住宅地です。ガイドKさんに言わせると、「アメリカ人は郊外に住みたがる」そうで、このようなだだっ広い土地が住宅地だそうです。

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 ここらへんは、ローハイドの舞台となったところで、銅像があります。ステーキレストラン・ローハイドの前にありますが、レストランは閉まっていました。砂漠の暑さで、昼間は閉店し、涼しくなった夕方からひらくそうです。

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 これは、バンク・ワン・ボールパーク、アリゾナ・ダイヤモンドバックスのホームグラウンドです。この年は好調で、確かプレーオフを勝ち進み、全国優勝したと記憶しています。

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 この観光の間も、ツアコンHさんは、当時珍しかった国際携帯を肌身離さず、日本の本社から情報を入手していました。大変だなあと感じました。

<9/12:フェニックス>

 日が変わりました。今日は、本来でしたらサンディエゴに向かって発つ日ですが、空港が閉鎖されているため、身動きがとれません。そこで、ホテルの中を見学しました。これは、サグアロサボテンのステンドグラスで、フランク・ロイド・ライト作です。東京の帝国ホテル旧建物から移設したそうです。

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 午後は、グラウンドゴルフと、ショッピングを行いました。夜は、会議に出席していた日系人の会社社長から薦められた、日本食レストラン「アヤコ・オブ・トーキョー」に行きました。おいしかったですが、米国の、日本食レストランがほとんど鉄板ヤキなのは、なぜでしょうか?

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 ところで、相変わらず、飛行場の閉鎖が解ける気配は無く、スケジュール的にも、サンディエゴに向かうことは絶望的となりました。しかしここで、次の目的地のラスベガスに向かっておかないと、我々は規定日に日本に帰ることもできなくなります。そこで、皆で相談した結果、ミニバスをチャーターして、陸路ラスベガスに向かうことになりました。

<9/13:ラスベガスへ>

 ラスベガスに行く日の朝です。ホテルの軽食レストランでは、人間たちの混乱を知らないスズメたちが、のどかにパンくずを漁っています。

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 ラスベガスにも、順当に行けるかわからない部分がありました。最大の問題点は、途中のフーバーダムがテロ警戒で閉鎖されているといううわさがあったからです。ここが通れないと、広大なコロラド川にかかる橋が少ないため、2~3時間迂回せねばなりません。そこで、早朝8時と速めに出発しました。約300km強、順当に行っても、6時間程度所要する旅です。

 砂漠地帯の旅とのことで、1人ペットボトル2Lの水を購入して旅立ちました。この地方では常識だそうです。

 フェニックスの郊外に出ると、ひたすらサボテンばかり、次にはアダンのような植物ばかりと、単調な風景がつづきます。1時間もすれば飽きました。

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 途中のドライブインで一息入れつつ3時間ほど走ると、ようやくI40ハイウェイに出ました。ルート66の後継のハイウェイです。

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 I40をしばらく走ると、お昼ごろキングマンという町に着きました。人口5千人程度の小さな町です。地元のボロなサニー(内装もはがれていた!)に乗っているおじさんに、どこか食堂はないかと聞くと、写真のメキシカンレストラン「エマズ・マルガリータビレ」に連れて行ってくれました。味はアメリカらしく大味でしたが、4ドル台で、食べきれないくらいの量が食べられました。

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 隣は、銃器店です。つぶれているみたいですね。アメリカらしいですね。

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 陸橋の右下の茶色の看板にはルート66 オールドルートとあります。この街はルート66の沿線なのです。

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 この街を出た後、フーバーダムに向かう道に入ると、電光掲示板に、「大型車のみ通行不可」との文字が。やった!乗用車は通行できるみたいですね。

 また、2時間近く走ると、フーバーダムが見えてきました。でかいですね。

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 このダムでコロラド川を渡ると、ネバダ州、ラスベガスはすぐです。下はラスベガスの高速です。地震のない土地柄、華奢なつくりですね。

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 マッカラン国際空港の近くにあるホテル・アラジンに向かう途中に見ると、飛行機がとんでいるではありませんか!なんとか日本に帰れそうです。しかし、帰る時に乗るのは、テロでビルに突っ込んだ会社の飛行機です。一抹の不安がないわけではありません。

 ラスベガスの夜景です。ホテルミラージュですね。火山の噴火ショーは自主規制で止めていました。そういえば、キングマンのおそらく町役場に掛かっていた巨大な星条旗は、半旗になっていました。テロで喪に服しているようです。

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 ベラッジオの噴水ショーですね。こちらはやっていました。

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<9/14:EPAラスベガス>

 この日は、予定通り、EPA(米国環境省)ラスベガス研究所を訪ねました。こんな砂漠の中に研究所があるのは、ネバダで過去に行われた、地下核実験と関係しているようです。現在は、放射線以外にも、一般的な環境汚染研究も手がけています。

 EPAのB氏は、多忙な上、このような非常事態下でも、頻繁にかかる問い合わせの電話の間を縫い、我々を快く受け入れ、非常に丁寧に応対してくれました。日本人であるB夫人も、慣れない専門用語を繰りながら、通訳していただきました。

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 午前の講義の後、午後は見学しました。環境の研究所らしく、粉じん等の測定機器がならんでいます。星条旗が半旗になっていますね。

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 品質保証実験棟です。

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 この夜は、ステーキで有名な、ローリーズ・ プライム・リブで食事しました。私は、結構大食なほうですが、控えめの量のイングリッシュ・ステーキを頼んで、やっと食べきれた位でした。(他の人は残しました)

<9/15:グランドキャニオン>

 あせっても、16日まで帰国の飛行機はありません。今日は、自由行動の日なので、グランドキャニオンに日帰り旅行することにしました。ビジョンエアー社の小型機で行きました。日本語案内のテープも付き、後日乗ったシーニックエアーより良い飛行機でした。女性のパイロットとの記念写真も付きました。

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 飛行機は、ラスベガスの上空を旋回しつつ、しだいに高度を上げていきます。

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 50分ほどで空港につくと、そこから30分ほどバスで走り目的地につきました。

 グランドキャニオンはこんな感じです。幅30kmはあるそうですが、広すぎて実感がわきません。

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 場所を変えて見ましたが、やはり同じです。

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  帰り、バスを待っていると、「バスが故障したから1時間強待ってほしい」とのこと。あとで考えてみたら、テロで客が少ないので、おみやげ屋に寄らせようとしたのだと思います。

 帰りの飛行機です。小さい割に、あまり揺れませんでした。

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<9/16-17:最終日の朝>

 さて、最終日の朝です。ビルに突っ込んだ飛行機と同じ会社に乗るので、帰れる期待と、もしかしたら同様の目に逢うかもしれない不安でいっぱいでした。

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 飛行場は、テロのためか、非常にすいていました。飛行機の乗車率も、後方席は半分以下でした。すいているにもかかわらず、乗車すると、1時間弱も「名簿チェックのため」、またされました。ブラックリストと照合しているようです。成田に着陸するまで、何がおこるか不安でした。ツアコンHさんは、疲れ切った表情で寝ていました。しかし、何も起こらず無事到着しました。

シンガポール  H14/5/1-5

   2度目のシンガポールです。このときは、キャンペーン中で比較的安かったので、グランド・ハイアットに泊まりました。低層階でしたが、コロニアル風の由緒あるつくりの部屋で、リゾート気分を味わいました。(今はリニュアルして、けっこう値段が高くなっていますね)

 2日目には、国境を越えてみたくて、ジョホール・バルへのバスツアーに参加しました。シンガポール市内から、ラン園を経由し、計30分ほどはしると、もう国境です。ジョホール水道の先に、マレーシアのジョホール・バルの街が見えますね。

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 国境のゲートは大変な混雑です。観光バスは別枠らしく、速く通過できました。但し、乗ったまま出国手続きはできないらしく、いったん降りて、窓口まで歩いていきました。 国境を渡るコーズウェイは橋ではなく、築堤でした。

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 これは、博物館に行く途中にあった、ホーカーズ・センター(屋台街)です。マレー語でメダン・ジェレラ・スンゲイ・チャットと書いてあります。チャット川屋台街といったところでしょうか?

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 これは、マレー民俗村(カンポン)での、踊りのショーです。けっこう慣れた感じでそれなりに面白かったのですが、音楽が電子音楽なのが残念でした。なぜか、スキヤキ・ソングも演奏しました。

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 昼食は、ジョホール水道に面したホテルで食べました。窓から見えるのは、船の形をしたレストランです。バイキングでしたが、面白い料理が多く、楽しめました。

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 次の日は、いつも行くジュロンバードパークです。入り口の放し飼いインコが迎えてくれます。

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 今回は、オールスターバードショーを見ました。まずは、インコの飛翔環くぐりショーです。

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 次は、アヒルの餌やりトークです。司会のテンポが良くて楽しめますね。英語がもう少し分かると良いのですが。

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 こんどは、観客も入れた、インコの飛翔ショーです。けっこう色々出し物があり、楽しめました。

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 最後に、オシドリ(マンダリン・ダック)を見ました。提供は、「マンダリン・オリエンタル・ホテル」だそうです。そういえば、鷹の提供は、富士フィルムでした。「富士・鷹・なすび」にかけたシャレでしょう(日本人にしか分からないでしょうが)。

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 最終日には、チャイナタウンに行きました。シアン・ホッケン寺院です。技術士の試験を受ける予定があったので、記念に受験お守りを購入しました。おかげさまで、試験には合格しました。

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 チャイナタウンのモスクです。街中になにげなく建っているので、見過ごすところでした。テレビアンテナが、生活感を醸し出していますね。

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 ハイアットホテルのプールです。残念ながら、雨が降り出し、プールサイドでゆっくりできませんでした。今夜おそくに帰国しなければなりません。

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 今回は、エコノミークラスでしたので、最終日の深夜発の帰国便を、空港内の硬い椅子で待たねばならず、大変疲れました。H21年のシンガポール旅行記にも書いたように、帰り片道だけでもビジネスクラスにすれば、もっと快適に旅行できます。

2010年6月 6日 (日)

ハワイ  H15/4/29-5/4

    3度目のハワイです。

 湾岸戦争の直後に行ったせいか、それとも当時アジアで流行していた、SARSのプレッシャーのせいか、非常にすいていました。

 今回は、地元の人と同じ暮らしをしようということで、スーパーで買い物をし自炊をすることにして、台所つきのコンドミニアムに泊まりました。ワイキキ・バニヤンです。パックツアーでしたが、日本語は全く通じないフロントで、自分でチェックインしました。部屋は簡素でしたがけっこう良いです。場所も海岸から遠くないです。

<1日目>

 朝早く着いてけっこう余裕があったので、ビショップ博物館に行きました。前の芝生には、変なモアイ風のモニュメントがあったりして、変わった雰囲気です。主な展示はポリネシアの民俗関係です。

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 帰り際に見ると、芝生で子供たちがフラのレッスンをしていました。

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<2日目>

 午前中、ワイキキで日光浴をしました。日本人が少ないせいか、地元の人が目立ちました。前にいるのは、おそらく高校生のカップルでしょう。

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 午後は、色々と趣味のショッピングをする家内と別れて、アラモアナでウォーキングをしました。

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 この白いのはカモメでしょうか?いいえ、白いドバトでした。ハワイでは、このように野良バトが増えすぎで困っているようです。

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 こちらは、同様に、チョウショウバト(ゼブラバト)の野良バトです。日陰で休憩中。この後、ハワイでも、ハトのえさやり禁止令が出た模様です。

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 これは、野球のチームでおなじみのカーディナルです。日本名では紅冠鳥というそうです。後述のカイルさんが教えてくれました。

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<3日目>

 この日は、ネイチャーツアーに参加しました。ハワイの山林をトレッキングしました。案内は、けっこう有名なガイド、カイル氏です。日系人の氏は、日本語も流暢で、鳥の名前も、日本語名も知っていたりして、非常に博学でした。

 家内は、このカイル氏に、レイを作って、首にかけてもらいました。

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 ツアーの最中、平地の町を見下ろせます。ここは、パールハーバーシティですね。

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 こちらは、ツアーの最後に、タンタラスの丘から見た、ダイアモンドヘッドです。

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<4日目>

 もらったレイは、日本へは持って帰れないと思うので(多分検疫にひっかかる)、クヒオ王子の銅像にかけておきました。

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 これは、チャイナタウンです。最近、新しくなっていて、食材もたくさんありました。ここで、なぜかシンガポールラクサを食べました。

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 夕方は、疲れて寝ている家内を置いて、一人でカイウラニ・パークへ散歩しました。ダイヤモンドヘッドが、こんなに近くに見えます。

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 舞台では、小さなコンサートを開いていました。

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 明日は出発しなければなりません。

<移動日2日間(日付変更線移動含む)>

 朝方、見ると、鳥が来ていました。逆光でわかりずらいですが、多分、カーディナルではないでしょうか?

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 今回は、色々できて、充実した旅行でした。

2010年6月 4日 (金)

ハワイ  H16/8/13-17

4度目のハワイです。

 だんだん、土地勘もついてきたので、今回は、安ホテル(オハナ・ワイキキ・ウェスト)に泊まってみました。パックツアーは一切使わず、航空券もPEXでインターネット予約しました。ところが、このインターネット予約で日程間違いのミスをしてしまい、予約変更一切不可とのことで、一人3万円ほどキャンセル料を払う羽目に。インターネット予約は、リスクと隣り合わせであることを痛感しました。

 今回の旅では、全くフリーなので、空港からは、自分でバスを探して乗りました。

 ホテルの近くの公園で行われていた、「ボン・ダンス」です。けっこうハワイでも盆踊りが根付いているようで、この季節は色々なところでボンダンスをしています。

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 ワイキキの舞台で行っている、フラのイベントです。亜熱帯らしい雰囲気が伝わってきます。

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 次の日は、ツアーを申し込み、オアフ島の裏側の、セネター・フォン植物園を見学しました。個人の植物園ですので、なかなか管理が大変なようです。

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 セネター・フォン植物園にあった、亡き猫のマックス君の肖像です。可愛かったのでしょうね。

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 次の日は、フリーで行動をしてみました。まず、シーライフパーク行き58系統のバスに乗り、ココクレーターの内陸側を行きます。ハワイのバスは、郊外では停留所アナウンスをせず、ロープを引いてブザーを鳴らさなければ、通過してしまうので、窓外の景色をぎょうしつつ、ココクレーター入り口あたりであわててブザーを鳴らしました。

 植物園は、まだあまり完成していないとの話ですが、完成していないどころか、工事中の砂利道で、本当に植物園があるんかいなという雰囲気になりました。途中警官に呼び止められましたが、植物園に行く旨話したら、すんなり通してくれましたから、多分大丈夫、あるんでしょう。

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 ココクレーターの全景です。いかにも火口といった感じですね。これからこの中へ入ります。入り口には、柵があり、レンジャーがいて、地図をくれました。

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 中はこんな感じです。植物園というより、登山道といった感じですね。火口のがけが目立ちます。

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 奥のほうに入っていくと、それなりに整備中の場所も出てきました。但し、全体的には、自然の森が多い感じです。目当ての鳥は、下が火山灰で水がなかったせいもあるでしょうか、入り口にハトがいた程度で全体的に静かでした。2時間弱ほどクレーターの中を歩き回り、バスに間に合うよう出てきたはずなのですが・・・

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 バス停に着く間際に、バスが数分前倒しに通過しました。手を振りましたが、だめでした。今日は日曜日なので、バスは少なく1時間おきです。しかたなく、そこから20分ほど歩いて、海辺に出て、さらに20分ほど待って、海岸沿いの22系統に乗車しました。(ありがちですが、こっちのバスは10分ほど遅れました。)ハワイの日差しは強く、アスファルトの照り返しもあって、バスを待つ間、かなりバテました。途中、ハナウマ湾からは、地元の高校生ぐらいの女の子が二人、びしょぬれのビキニのままでバスに乗ってきました。こういう雑さはアメリカ人らしいですね。

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 ホテルに帰ると、先客がいました。フィンチのようですね。

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 えさで釣ったらまた来るかと思い、スナックを少し撒いたら、ハトがやってきて、一網打尽にしてしまいました。まだほしそうです。ハワイはハトにえさやり禁止なので、中止しました。

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 次の日(明日は朝出発なので、実質最後の日)、市内のフォスター植物園に行きました。遠くに見えるのは、タンタラスの丘と思います。

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 これは、Red vented bulbul(コシアカヒヨドリ)ですね。

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 これは、Myna(ムクドリの類)ですね。

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 野良文鳥も沢山いました。昔、華僑が放したか、逃がしたものといわれています。

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 帰ってみると、また先客がいます。逆光で見えずらいですが、やはりフィンチのようです。ガラスでこちらが見えないのでしょう、長い間、しきりに羽の掃除をしていました。

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 最後の夜のワイキキビーチです。これで帰国と思うと、残念です。

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 次の日の朝、タクシーで空港に向かいました。今回は、基本的にフリーでいきましたが、「フリーの旅行は自己責任」を痛感しました。

 今回の旅で参考になった本です。

・地球の歩き方 ハワイ バスの旅

・ハワイトレッキング 近藤純夫著

2010年6月 3日 (木)

韓国出張  H16/9/14-18

 ハワイから帰国したとたん、急に、韓国出張の話が来て、一月と置かずに再びパスポートを使うはめになりました。

 実は、韓国出張は11年ぶり2度目で、前回は、初めての海外旅行で、一人で目的地に行くようにいわれ、だいぶ苦労しました。

 今回は、グループで行きましたが、大分からの適当な飛行機の便が見つからず、福岡-ソウル-蔚山と、回りくどいルートを取りました。ソウルは、いつの間にか国際線が金浦から仁川空港にかわっており、バスで長距離移動せねばならず、昔のときより不便になっていました。大分-ソウル便は便数が少なく、当該日は使えませんでした(今は廃止)。

 蔚山からタクシーで、宿泊先の慶州ヒルトンホテルにつきました。リゾートホテルらしく、普門湖のほとりに立っており、湖には、リゾートでお約束の、白鳥型足こぎボートが沢山ありました。

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 夕暮れの中、散歩すると、ペンギンのような模様の鳥がいっぱいたむろしています。カササギですね。韓国ではカラス並みに居ます。

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 次の日、会議先の送迎バスが迎えに来て、目的地の浦項まで連れて行ってくれました。無事会議を終えて帰る途中に撮った、博物館です。非常に立派でした。

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 夕食は、慶州に戻って、古い屋敷を改装して作られた料亭の、「搖石宮(ヨソッグン)」で食事をしました。けっこう有名な店らしく、接待客で満員でした。

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 昔の宮廷料理である、「韓定食」をいただきました。キムチ等、辛いことを除けば、懐石料理のような感じですね。

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 次の日は、2つめの会議場所である、光陽に向かいます。韓国というところは、日本以上に中央集中型の物流で、「全ての航空路線は、ソウルに通じ」ています。よって、慶州-光陽のような周辺都市間の移動は非常に不便です。飛行機はなく、また、鉄道も非電化単線なので、高速道路をバスで移動し、4時間弱かかりました。

 釜山の郊外にある梁山市の団地街です。こんな感じで高層住宅が多いのが韓国の特徴です。土地はけっこう空いているように見えるのですが。

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 途中で立ち寄った、昌原のサービスエリアです。この日は雨がちであいにくの天気でした。

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 午後から、光陽市で再び会議を行い、予定を終えました。夕食は、光陽市の海のほとりにある、海鮮膾家(スンウンフェチプ)で食べました。ホンオフェ(エイの発酵刺身)を食べましたが、強烈な味でした。

 光陽には、宿となるホテルがないらしく、少しはなれた順天(スンチョン)のロイヤルホテルに泊まりました。けっこう小さいホテルでした。

 次の朝、順天の駅の近くを通ると、市場が開いていました。派手なパラソルが印象的です。

 

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 その後、麗水(ヨス)空港まで行きましたが、予約していた飛行機がいきなり欠航。しかし、次の飛行機に乗せてくれました。飛行機はソウルまで1時間ごとに出ているそうです。大して大きい街ではなさそうなのに、本数が多いですね。鉄道が非電化単線なので、飛行機の依存度が高いのでしょう。KTXがもっと整備されたらわかりませんが。

 こちらは、ソウルの東大門(トンデムン)市場です。活気がありますね。

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 最後に、宿泊した、ソウル梨泰院(イテウォン)のハミルトンホテルからみた夜景です。ここは日本でいえば六本木にあたるところで、外人観光客向けの街です。

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2010年6月 2日 (水)

台湾台北  H16/12/30-H17/1/1

 年末年始に、ちょっと台北に行ってきました。

 ホテルは、ホリディ・イン・アジアワールド(環亜大飯店)です。安かったのですが、けっこう良いホテルでした。難点は、地下鉄の駅から遠く10分ほどあるくこと、そして、写真のようにホテルの中が吹き抜けになっていて、音がよく通ることです。客室ドアは吹き抜けに面しており、大晦日は吹き抜けでカウントダウンショーをやっていたため、うるさくて眠れませんでした。

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 これは、淡水です。引き潮なので、泥が多く、汚いですね。それにしてもこの日は寒かった。真冬とはいえ、南方の台湾で0℃に迫る気温になりました。あたたかいと考え、あまり防寒具を用意していなかったのは失敗です。あまりの寒さに、スターバックスに逃げ込み、そこから淡水を見学した後、早々に立ち去りました。

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 次の元日も、あまりに寒かったので、ホテルの周りと、101タワー、頂好商店街を見学しただけでした。(元日なので、商店街は閉まっていました。)

 下は、ホテルの向かいにある、台北リトル・ビッグ・エッグです。このときはまだ工事中でした。

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2010年5月30日 (日)

アメリカ西海岸(15周年記念休暇) H17/9/22-10/2

    私の勤めている会社では、勤続15周年経過すると、2週間の休みとまとまった金額の旅行クーポン券がもらえます。うち、11日を費やして、アメリカ西海岸に行ってきました。

 基本的には自由に旅程を組みたかったのですが、旅行クーポン券がJTBであったので、ほとんどをJTBで予約しました。今は、JTBも多角経営をしていて、自由旅行センターなんてものがあり、FAXでやりとりするだけで、自由に予定が組めます。この自由旅行センターのチラシで、たまたま、シンガポール航空ビジネスクラスのオープン格安チケットを見つけ、旅程はこれをベースに組みました。ホテルも結局ここに頼みました。シンガポール航空の太平洋横断航路のビジネスクラスは、エコノミークラスから隔離された2階席で静かであり、またシートがフルフラットになるので、寝台車のように快適に過ごせました(注:福岡-シンガポール路線は違います)。時差ボケもあまりありませんでした。

 アメリカを選んだ理由は、言葉が通じる(と思った)ことと、思い出深いH13年(2001年)の出張時のコース(テロで行けなかった場所も含め)を、家内と一緒に回りたかったためです(この出張については、後日アップロードする予定です)。最終的には、フェニックスを回るのはあきらめて、ラスベガスとサンディエゴのみにしました。おかげでゆったりと過ごせました。

<22日:大分-福岡-成田-ロサンゼルス-ラスベガス>

 日付変更線を通過するので、1晩経過しますが日付は同じです。大分を出てからまる1日以上の長旅です。でも、まるでベッドのようなビジネスクラスシートで、ゆっくり寝ることができました。スチュワーデスも、わざわざ日本語のできる人がついていました。

 ロサンゼルスでの若干の乗り換え待ちの後、国内線でラスベガスのマッカラン国際空港に着きました。ホテルは、空港のすぐ近くのアラジン、4年前と同じホテルです。だいぶリニューアルして綺麗になっていました。2600室で、一般的にはマンモスホテルといっていいですが、ここラスベガスでは平均的です。

 アラジンの客室からの眺めです。MGMグランドを初めとする、名だたるホテルが軒を連ねています。MGMまで、近くに見えますが、歩いて20分くらいかかります。建物のスケールが日本と大きく異なるので、目測をあやまります。

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 同じ場所からの夜の眺めです。まさに歓楽の街ですね。

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<23日:ラスベガス>

 この日は、移動の疲れをいやすため、ホテルでゆっくり休みました。朝は、フラミンゴホテルまで散歩しました。このホテルは、ラスベガスの巨大ホテルの奔りとして有名です。フラミンゴホテルには、名の通りフラミンゴがいっぱいいました。

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 ペンギンの餌やりショーもやっていました。

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 その後、朝飯を食べる場所をさがして、30分近くもうろうろしましたが、ホテルのバフェ(バイキング)以外は、以外と朝食を食べるところがありません。しかたなく、マクドナルドに行きました。

 歩きつかれたので、午後はホテルのプールサイドで休みました。

 その後、夕方には、ホテル「モンテカルロ」で、予約していた、ランス・バートン氏のマジックショーを見ました。大掛かりな仕掛けのあるマジックショーは、なかなか見ごたえがありました。また、英語がわからなくても、子供でも楽しめるように工夫されています。唯一の難点は、エアコンの効きすぎです。長袖で行ったほうがよいでしょう。

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<24日:ラスベガス⇔グランドキャニオン>

 次の日は、日帰りでグランドキャニオン見学です。まず、バスで迎えにきましたが、マンモスホテルのこと、バスプールも広大としていて、目当てのバスを探すのに苦労しました。グランドキャニオンツアーも、ひたすらバスだけでまる1日かけて回るツアーもあるので、乗り間違いのないよう注意しましょう。

 バスは、ダウンタウンを経由して、飛行場に向かいます。ここダウンタウンは、昔ながらの小ぶりなホテルがそろっており、日本の観光地とあまり変わらない感じです。

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 ここが、小型機発着用のラスベガス・ノース飛行場です。今回は、4年前と異なり、シーニックエアーを使ってみました。主な使用機はDHC6ツインオッター19人乗りですが、けっこう台数が多く、つぎつぎと離陸しています。我々の番になり、飛行機のところに連れて行かれると、なんと、一番古い飛行機に乗せられました。機体も溶接でなく、リベットで組み立てられており、戦前からあるのではないかと思わせられるつくりです。中のシートもボロボロで、非常口の留め金は、半分折れ取れています。

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 これで飛ぶんだろうかと思っていると、エンジンが回り、機体が壮大に振動し始めました。前のビジョンエアーの機体に比べると、明らかに華奢に見えます。何とか滑走して離陸しましたが、今までで一番怖い飛行機に乗ってしまいました。もう戻れません。 

 下界には、ラスベガスの街が見えます。

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 50分ほど飛行すると、グランドキャニオンにつきました。キャニオンの風景は、たくさんの観光案内で紹介されていますし、H13年の出張の記事でも紹介したので、ここでは、動物について。

 真ん中の岩のてっぺんにシジュウカラがいます。小さいけれども、わかりますか?

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 岸壁に沢山の黒い鳥が止まっています。おそらくカラスでしょう。

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 リスです。最近、観光客による餌やりが禁止されたせいか、ゴミ箱をあさっていました。

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 午後は、大気が不安定になるせいか、帰りはよく揺れました。揺れている機内です。

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 帰りは、サービスなのか、行きと異なるルートを通りました。これはフーバーダムです。

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<25日:ラスベガス-サンディエゴ>

 さて、ラスベガスでの旅程を順調にこなし、サンディエゴに向かう日がきました。お昼ごろの飛行機に乗るために、2時間以上も前にマッカラン国際空港に着きました。「どうせ乗るのは国内線だし、直前に着けばいいや」と思っていたのですが、空港についてびっくり。人、人、人で足の踏み場もないくらいです。あまりに多いので、チェックインカウンターに着くまでに2時間以上もかかってしまいました。出発の15分くらい前でしたが、カウンターの女性の答えは「No、もう間に合わない」。最近手荷物検査が厳しいので、ここから先まだ時間がかかるとのこと。しかし、より後の便へ振り替えてくれました。その後、40分くらいかけて荷物チェックをして、2時間後くらいの便の飛行機に乗りました。待っている間流される荷物チェックの説明ビデオには、ランス・バートンをはじめ、名だたるラスベガスのショーマンたちが出演しており、いちおう、退屈を防ぐ工夫はしているようです。後で調べると、このマッカラン空港の混雑は慢性的で、いくら空港を拡張しても追いつかないとのこと。特に日曜日はレジャーを終えて自宅に帰る客でひどいらしい(25日は日曜日でした)。4年前にきたときは、空港はガラガラだったのですが、良く考えてみたら、あのときは、同時多発テロから1週間後、未だ皆が不要不急の旅行を避けている時期でした。通常はこんなに混んでいるのですね。

 無事、サンディエゴに着き、ホテルに直行しました。ホテルは、「ウィンダム・エメラルド・プララザ」、サンディエゴ駅近くのビジネスホテルです。6角形の門松のような変わった形のホテルで、ロビーは、名前の通り緑色で統一されています。ホテルの部屋はやや狭かったですが、安いのでそれ相応です。6角形を基本とした不思議な間取りになっていました。

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 ホテルの窓から見た、サンディエゴの町並みです。サンディエゴはメキシコとの国境にある、軍事都市です。映画「トップガン」はここが舞台です。

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<26日:サンディエゴ動物園>

 朝、とりあえず、近くのサンディエゴ・サンタフェ駅に行ってみました。由緒ある印象的な建物です。駅名がサンタフェになっているのは、サンタフェ方面に向かう列車だからですね。

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  これは、アムトラック(アメリカ国鉄)の特急「サーフライナー」です。他に「コーストライナー」もありました。ロサンゼルス方面に向かいます。できれば乗りたかったですね。

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 隣接して、トロリー(路面電車)の駅もあります。本数も多く、けっこう便利です。

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 ここから先は、サンディエゴ動物園です。世界最大といわれる動物園で、当然のことながら、半日強では見切れませんでした。

 バスで行こうと考えたのですが、バス停を探すのに苦労しました。サンディエゴのダウンタウンは小さいので、バス停は見つかりやすいと考えてましたが、さにあらず、路線が非常に多いので、同じバス停でもけっこう分散していて、乗り場を探すのに20分くらいかかり、あきらめかけたところで、ようやく見つかりました。こんどは、降りるところです。バス停の名前がよくわからないので、目見当をつけて降りたら、一つ手前でした。公園を少し歩いて、無事に着きました。

 これは、ホロホロ鳥と思います。

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 これは、マガモが隠れいていますね。

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 これは、下から見たかもの足です。泳ぐときどういう動きをするかわかるようになっていて、これは良い工夫ですね。

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 その他、パンダなどもいました。

 動物園から、ホテルに戻り、休憩の後海へいってみました。軍事都市らしく、軍艦が記念館として係留されていました。ミズーリ号とあります。

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 夕方、ホテルのプールに行ってみましたが、非常に小さなプールでした。夕日の写真をとろうとカメラを向けたところ、ものすごい音の砲撃が10回ほど聞こえました。前の同時多発テロの記憶もあり、もしかしたらまたなにかあったのかと思いましたが、通行人は肩をすくめるだけであまり気にしないので、練習なのでしょう。やはり軍事都市ですね。次の日からは、砲撃はありませんでした。曜日限定なのでしょうか?

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<27日:サンディエゴ⇔ティファナ>

 この日は、メキシコのティファナに行ってみました。サンディエゴのトロリーは、郊外にいくと路面電車から普通の電車となり、速度を上げて快走します。走るにつれて、人家もまばらとなり、40分ほどすると、また人家が増え始めて、終点の国境の町、サンイシドロに着きました。

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 ここからは、歩いて陸橋をわたって国境を越えます。入国スタンプは特に要りませんでした(押す場所はありますが)。なお、このあたりから、トイレは有料となります(30~50セントくらい)。ティファナに入ると、急速に町並みが雑できたなくなっていきます。客引きの呼び込みも多く、「シャチョーサン」くらいならまだ良い方で、「田中角栄」と呼ばれたのにはまいりました。こちらでは有名なんでしょうか?

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 ここはメキシコですが、向こうに見える丘はアメリカです。

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 ここは、ホテルシーザーです。シーザーサラダ発祥の地といわれています。ここまで来ると、かなり街が汚くなり、浮浪者もいっぱいたむろしています。あまりいい雰囲気でないので、早々に引き返しました。

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 お昼過ぎには、サンディエゴに帰り着いたため、そのままオールドタウンに行って、オールドタウンで食事をしました。古いサンディエゴの町を再現したテーマパークですが、けっこう小さいですね。

 オールドタウンの駅です。電線の点々はみなドバトです。ハトが駅につどうのはお約束ですね。看板が、英語とスペイン語で書かれているのが分かりますか?国境の町らしいですね。

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<28日:サンディエゴ・シーワールド>

 さて、次は、こちらも世界最大級の水族館、シーワールドです。まず、ウミガラスですね。

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 次はペンギンです。色々な種類がいました。

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 これはフラミンゴです。

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 その他、魚も沢山おり、エイ等はさわれるようになっているコーナーもありました。

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 ここは、シーワールド最大の呼び物、シャチのショーです。ショーは20分くらいですが、体の大きなシャチが、人を乗せて泳いだり、浅瀬に乗り上げたりするパフォーマンスは、確かに迫力ありました。しかも、乗ってる女性が途中誤って振り落とされたりして、迫力ありました。オープニングには、コメディーまでしてくれます。また、前から4座席目までは、しぶきを浴びるので、レインコートを羽織るよう、張り紙がしてありました。たしかに、しぶきがかかっていました。

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 この日の夜、最後のサンディエゴの夜での、ペトコパーク球場です。この時、地元球団のサンディエゴ・パドレスが、まさにプレーオフ出場を決めようとしていました。球場は、異様な盛り上がりをみせていました。

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<29日:サンディエゴ-ロサンゼルス>

 最後の日のサンディエゴの朝です、このカンザス・シティ・BBQは、トップガンの撮影の舞台になりました。

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 サンディエゴから、コミューター便でロサンゼルスに行きました。ロサンゼルス空港のホテルから見た山火事です。この頃、けっこう山火事が多かったです。

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<30日、1日:ロサンゼルス-成田>

 ロサンゼルスでは、疲れたので観光はせず、ホテルから成田行きの便に直行しました。そのまま、日付変更線を超えて、成田につきました。

<2日:成田-福岡-大分>

 成田で一泊したのちは、次の日の朝の便で、行き同様、福岡まで飛び帰ってきました。久しぶりの長旅でした。

2010年5月29日 (土)

シンガポール  H18/8/24-27

 このころ時間がなかったのですが、シンガポールに行きたくなり、2泊4日の旅に行って来ました。3回目の旅です。今回は、メレディアンホテルに泊まりました。良いホテルでしたが、オーチャードのど真ん中にあるので、渋滞に巻き込まれやすいのが玉に瑕ですね。

 夜のオーチャードです。相変わらずアジアの活気はすごいですね。

Orchard

 こちらは、リトル・インディアです。今回は、家内はヘナのハンドペインティングに挑戦しました。

India

 今回の旅の目的の一つは、スンゲイ・ブロウ湿地帯です。とりあえずタクシーで向かいました。30ドルもかからなかったと思います。国のはずれにありますが、30分程度で到着しました。

 スンゲイ・ブロウからは、「隣国」のマレーシア・ジョホールバル市が見えます。

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 中央にある観察塔から見たスンゲイ・ブロウの風景です。樹木が多くて、見通しがわるいのが難点ですが、非常に広くて、2~3時間では回れませんでした。

View

 真ん中にクイナがいるのがわかりますか?この当時はデジスコがなかったので、この大きさが限界です。

Sungeiblowquina

 シギと思いますが、小さくて見えません。やはりデジスコは必要ですね。

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 なかなかいいところなのですが、望遠がないとだめですね。そのうち、デジスコを持ってリベンジしようと思いました。

 次は、毎回行くジュロンバードパークです。入り口では、沢山のルリコンゴウインコが迎えてくれます。ネットが無いのですが、逃げないのでしょうか?

Inko

 バードパークの中には、色々な鳥が巣をつくっています。雨よけのあずまやにも。ハト(シラコバト?)のようですね。

Nesthato

 これは、サイチョウです。係員が説明しますが、メリハリがあって、観客を引き付けます。

Saichou

 今回の目玉は、ロリーロフトです。人も入れる巨大なインコの檻です。確か、前回までは無かったと思います。

 インコたちは、盛んに飛び回り、けっこう身近に近づいてきて、こっちの様子を伺っているようです。何をしているのかというと・・・・

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 餌をねだっているのです。入り口のところで売られている、果物ジュースを与えると、ごらんのとおり、よってたかって、けんかしながら食べ始めます。

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 はっきりいって、インコ好き以外の人には、危険な場所です。鳴き声はうるさいし、頭にはのるし、爪のある足で引っかかれます。これらが問題なく感じられる人には、楽しい場所です。

 果物ジュース売り場の前に、客が立ち寄ると、このとおり、ずらりとならんで待っています。

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 なかなか楽しめました。

 今回は、4日コースを試してみましたが、1日目は夕方着、また帰りは機中泊で4日目の早朝に福岡に到着するため、実際にゆっくりできるのは、2日程度です(しかも、2日目は深夜まで、空港で出発待ちとなります)。やはり余裕が無い感じでした。